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東京地方裁判所 昭和61年(行ク)34号 決定 1986年12月01日

申立人 中央労働委員会

右代表者会長 石川吉右衛門

右指定代理人 渡部吉隆

<ほか四名>

申立人補助参加人 ネッスル日本労働組合

右代表者本部執行委員長 斉藤勝一

<ほか一名>

右申立人補助参加人両名代理人弁護士 岡村親宜

同 山田裕祥

同 古川景一

被申立人 ネッスル株式会社

右代表者代表取締役 エッチ・ジェイ・シニガー

右代理人弁護士 青山周

主文

一  被申立人を原告、申立人を被告とする当庁昭和六一年(行ウ)第六七号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決の確定に至るまで、被申立人に対し、次のとおり命ずる。

1  被申立人は、被申立人の霞ヶ浦工場に関する事項について、申立人補助参加人らから団体交渉の申入れがあったときは、「被申立人には申立外ネッスル日本労働組合(本部執行委員長村谷政俊)一つしか存在せず、申立人補助参加人ネッスル日本労働組合は存在しない。」という理由、又は、「被申立人の霞ヶ浦工場には申立外ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部(支部執行委員長遠藤芳行)一つしか存在せず、申立人補助参加人ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部は存在しない。」という理由で、これを拒否してはならない。

2  被申立人は、「ネッスル日本労働組合」との間の従前のチェックオフ協定に基づいて、申立人補助参加人ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部に所属する組合員の給与から組合費のチェックオフをしてはならない。

3  被申立人は、昭和五八年九月分以降この決定の告知の時に至るまでの間に補助参加人ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部に所属する組合員の給与からチェックオフをした組合費相当額を同支部に支払え。

二  申立人のその余の申し立てを却下する。

理由

一  救済命令の存在

中労委昭和五九年(不再)第六二号、同第六三号及び同第六四号事件について申立人が発した昭和六一年三月一九日付け命令によって改められた茨労委(不)第二号及び同第三号事件についての茨城県地方労働委員会の昭和五九年一一月二二日付け命令主文第一項及び第二項(以下、「本件救済命令」という。)は、被申立人に対し、「①申立人補助参加人ネッスル日本労働組合(以下、「補助参加人組合」という。)及び申立人補助参加人ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部(以下、「補助参加人支部」という。)との被申立人の霞ヶ浦工場に関する事項についての団体交渉を、『被申立人には申立外ネッスル日本労働組合(本部執行委員長村谷政俊)一つしか存在せず、補助参加人組合は存在しない。』という理由、又は、『被申立人の霞ヶ浦工場には申立外ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部(支部執行委員長遠藤芳行)一つしか存在せず、補助参加人支部は存在しない。』という理由で、これを拒否してはならない、②『ネッスル日本労働組合』との間の従前のチェックオフ協定に基づいて、補助参加人支部に所属する組合員の給与から組合費のチェックオフをしてはならず、また、補助参加人支部に所属する組合員の給与から昭和五八年九月分以降、チェックオフをした組合費相当額及びこれに対するチェックオフの時から支払ずみまで年五分の割合による金員を付加して支払え。」と命じている。

二  救済命令の適法性について

1  本件疏明及び昭和六一年(行ウ)第六七号不当労働行為救済命令取消請求事件(以下、「本案事件」という。)の記録によれば、従前、被申立人の霞ヶ浦工場には「ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部」が一つあるのみで、その上部組織「ネッスル日本労働組合」と被申立人との間で締結されたチェックオフ協定に従い、被申立人は右支部組合員の給与から組合費のチェックオフを行っていたこと、右「ネッスル日本労働組合」で内部抗争が起こり、昭和五八年三月二〇日以降は、同じく「ネッスル日本労働組合」と称する二つの組合(一つは、斉藤勝一を代表者とする補助参加人組合であり、他の一つは、三浦一昭(現在は村谷政俊)を代表者とする申立外ネッスル日本労働組合(以下、「申立外組合」という。)である。)が存在するに至ったこと、これに伴い、前記「ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部」においても同年四月一〇日以降、同じく「ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部」と称する二つの組合(一つは富田真一を代表者とする補助参加人支部であり、他の一つは、遠藤芳行を代表者とする申立外ネッスル日本労働組合霞ヶ浦支部(以下、「申立外支部」という。)である。)が存在するに至ったこと、ところが、被申立人は、補助参加人組合及び補助参加人支部の存在を否認して、これらは申立外組合又は申立外支部の分派にすぎないとの見解の下に、補助参加人らの申し入れた団体交渉を拒否するとともに、補助参加人支部及びその組合員が昭和五八年九月五日から同月九日にかけて右組合員についてのチェックオフの中止を申し入れたのにかかわらず、右組合員についてもチェックオフを行い、これを申立外支部に交付することを続けて現在に至っていることが一応認められる。

2  以上の事実によれば、団体交渉の拒否をしてはならないとの部分の適法性は一応肯定することができる。

3  次に、前記のように二つの労働組合が併存するという状況の下において、補助参加人支部及びその組合員からのチェックオフの中止の申入れにもかかわらず、被申立人が補助参加人支部所属組合員の給与からのチェックオフを継続したうえ、これを申立外支部に交付したことが、右組合員各人に対する不利益取扱いであると同時に、補助参加人組合及び補助参加人支部の財政基盤を揺るがせることを通じてその組織の弱体化を意図する支配介入であって、不当労働行為に該当するとした申立人の判断は、一応是認することができる。そして、この場合の救済方法としてチェックオフの中止を命じることが相当であることは問題がない。次に、チェックオフをした組合費相当額を補助参加人支部の組合員個人に対してではなく、補助参加人支部自体へ一括して支払うべきことを命じたことについて検討する。本件救済命令においては、従前のチェックオフ協定が補助参加人支部組合員に適用されるとの判断はされていないから、チェックオフをされた組合費相当額の金員の請求権は補助参加人支部の組合員個人が有するのであって、補助参加人支部がその交付を受けるべき私法上の根拠は存しない。しかしながら、救済命令の制度は、不当労働行為により生じた団結権侵害の状態を直接に除去、是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図ることを目的とするものであって、その目的を達成するために、労使関係について専門的知識経験を有する労働委員会が、私法上の権利義務関係にのみとらわれることなく、その裁量により個々の事案に応じた適切な救済措置を定めることができるものとしているのである。したがって、救済命令の内容が私法上の権利関係と異なるからといって、直ちに違法となるものではない。そして、本件においては、補助参加人支部の組合員の給与からチェックオフをした組合費相当額を申立外支部へ交付したことが補助参加人支部の団結権を侵害する不当労働行為とされたものであるから、その団結権侵害を回復する手段として、右組合費相当額を補助参加人支部へ一括交付することは、救済措置として相当性を欠くものといい難い。

4  そこで、次に、チェックオフをした組合費相当額に対して年五分の割合による金員の支払を命じた部分の適法性について検討する。

本件救済命令は、年五分の割合による金員の支払を命じた理由として、被申立人が補助参加人らの存在をかたくなに否定し、補助参加人支部所属の組合員の意思を無視してチェックオフを継続し、これを申立外支部に引き渡していること、右組合員らが補助参加人支部運営のために改めて組合費の支出を余儀なくされたこと等を挙げている。右年五分の金員は、実質的には返還すべき組合費相当額に対する遅延損害金であると解されるところ、救済命令において遅延損害金に相当する金員の支払を命ずることも、許される場合があり得るけれども、補助参加人支部としては、控除された組合費相当分の返還を受けることにより財政面からする団結権侵害の状態が一応回復されるものと認められるのであり、本件救済命令が掲げる前記のような理由だけからは、これに年五分の割合による金員を付して支払うことの相当性を是認するに足りず、この点に関する裁量権の行使の適法性に疑義があるものといわざるを得ない。

三  緊急命令の必要性について

本案事件の記録によれば、被申立人の組合否認による補助参加人組合及び補助参加人支部との団体交渉の拒否並びに補助参加人支部組合員の給与からの組合費のチェックオフの継続とそれの申立外支部への交付は、いずれも補助参加人組合及び補助参加人支部の組織及び活動に著しい侵害を及ぼしていることが一応認められる。また、本件疏明によれば、被申立人は、本件救済命令が発せられた後も、依然として補助参加人組合及び補助参加人支部の団体交渉の申入れを拒否するとともに、補助参加人支部組合員からのチェックオフを継続し、既にチェックオフした組合費相当額の補助参加人支部への支払もなしておらず、更に、本件救済命令に従う意思はないことを明らかにしていることが一応認められるから、被申立人に対して団体交渉を拒否してはならず、また、既往のチェックオフ分の返還と今後のチェックオフの中止をすべきことの必要性は優に肯定することができる。しかし、チェックオフした組合費相当額に年五分の割合による金員を付して支払うことを命ずる部分については、その支払はチェックオフされた組合費相当額の支払の命令に付随するものであって、右組合費相当額の支払が履行されることによって本件救済命令の趣旨はおおむね達成されるものであり、前記のようにその適法性に疑問があることも考え併せると、右命令部分について緊急命令を発する必要性は存しないと解するのが相当である。

四  よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 川添和賢 星野隆宏)

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